オコエ瑠偉が例えば1億円もらうことは公正か


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放送では完全スルーとなってしまったオコエ瑠偉選手w

かわいそうにw

先日のドラフト会議で楽天入団が決まりましたね。

この選手、ナイジェリア人とのハーフなだけあって、身体能力が元々高かったのであまり努力をしてこなかったようです。(中学時代の体育の成績は5段階中2だったとか・・・これは授業態度が悪かったかららしいですw)参照:http://everyday-e-news.com/people/okoe-rui/

 

なんか誰かに似てるな・・・

 

 

 

このお方だ!!

 

 

 

フリーザ様タイプですね。

そして高2から努力し始めた彼は一気に大活躍してプロ野球選手になってしまったということですね!

つまり天才が努力するとスーパーサイヤ人ゴットをも凌ぐと

出典

出典 オコエ瑠偉 今この状態

でオコエ瑠偉やゴールデンフリーザ様が、仮に契約金1億円もらったとしたら、そして年俸1000万円だとしたらそれは公正なことなのだろうか?という話し。(まだ年俸や契約金は分からないんだろうけど、野球詳しくないんでこのサイトを参照しました。)

放送の中でケイタローくんが田中のマー君は激しい競争を勝ち残って、人一倍努力したのでもらい過ぎ感はあるけど公正ではあると思うと言ってくれました。

これはリバタリアニズム的な発想でもありますよね?

でウジさんはこのタイミングでオコエ瑠偉は高2からだよ?と言ってスルーされてましたねw

実はこれかなりいいとこ突いていて、努力というのが必要条件なのかということを提起しています。(時間の都合上ここに触れていると長くなるのでスルーしましたw)

「激しい競争」や「努力」や「一握りの人しか成功できない世界」、はたまた「選手生命が短い」ということは、例えばオコエ瑠偉の仮に設定した金額だと契約金だけで学校の先生の平均年収の25倍ももらう理由に成りうるのか。

実はサンデル教授はこの論理の立て方にはかなり批判的です。

サンデル教授は、

彼が生まれ持った才能は彼自身が自ら獲得したものではなく、両親に与えられ、その才能(この場合は野球)を生かす環境があり、日本では野球がたまたま人気のスポーツだったからプロ野球があり、莫大なお金をもらえるようになった。

そして、彼は高2から努力を始めたようだが、仮に物心がついてからずっと努力をしていたとしても、それは「努力をする才能に恵まれたから」で、少なくとも努力のできる経済的環境や、育ててくれる環境があったからである。

というような主張を展開して行きます。(本当はこれ別の放送でやろうと思ってたんですが・・・)

実はサンデル教授自身はリバタリアリズムに反対する立場、コミュニタリアリズムという主張の哲学者なんですね。

コミュニタリアリズムとはつまり、「人間は全て自由だ!」と言う訳には実際にはいかず、歴史的な慣習やしがらみの中で生きていて、自分自身物語の一部として生きていますよね?っていう考えなんです。

ひいおじいちゃんがいて、おじいちゃんがいて、親父がいて自分がいるという動かしがたい事実の中にいるのであり、生まれた経済的な環境や持って生まれた才能によって自分が形成されていくが、それは自分で獲得した物ではなく、与えられたものにすぎないので、それによって得た果実(お金とか)は育ててくれた社会や世間にきちんと還元していきましょうねっていう考え方なんですね〜。

だから彼が野球選手になって稼いだ分は、努力したからとか、才能があったから自分のものだよとは言えず、きちんとフリーザ兵達を養うために使ってねということです!

出典

出典 オコエ軍兵士の皆さん

ちょっと議論をすっ飛ばしすぎて、リバタリアリズムの説明もまともにしていないのに、いきなりコミュニタリアリズムにいってしまったので、非常に分かりづらいとは思いますが、この辺りは追々ということで!


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