No.23 お花見したいね!ベルギーテロとコミュニタリアニズム!あとベルクマンの法則?

クロ風サムネ1 (1)

Podcast配信第23回目です!

ケイタローさんは・・・死んでませんでしたw

ウジさんはお花見に行ってきたそうですが・・・良くない合唱と良い合唱があるそうですw

トモキのコーナーではベルギーのテロに心を痛めつつ、、ついにサンデル教授のコミュニタリアニズムにたどり着きました!

マフィさんはベルクマンの法則とアレクの法則という面白い理論を紹介してもらいます!

一応ケイタローさんもエイプリルフールについてお話しします!

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原発についてもう少し考えてみよう

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クロ風サムネ1 (1)

放送の中で幾つか原発に関する論点が見えてきた気がしますので、そこをもう少し一人で掘り下げて考えてみました。あえて極論を出すことで弁証法的にそこからアウフヘーベンが生まれるかという壮大な思考実験です!(ただの妄想・・・)

その前に、朝まで生テレビでの論争を小林よしのりさん(反原発)と池田信夫さん(推進派)がお互いのブログ上でもやりあってらっしゃるようなので、ちょっと見てみてください。小林さん 池田さん

読むのが面倒くさい方のために簡単にまとめておくと、

小林さん

昨夜の朝まで生テレビでよしりん先生が
「原発はリスクが極大になりすぎるんですよ」
と発言したら、池田信夫が
「それはリスクって言わないんですよ。
それはハザードって言うの! わかりますか?」
と、せせら笑うように言いました。
・・・中略
しかもよしりん先生は「全く一般の国民の感覚」
で言うと前置きして話しているのです。
・・・中略
そもそも、明日南海トラフ地震が起きても
おかしくないような状況にあって、
それでも「リスク(可能性)」は低いと
言い切れるのでしょうか?

うん、分かる分かる。

出典

出典 これを見れば明らかでしょ!?科学的根拠なんか崩壊してるぜ!・・・と言いたくなる。

続いて池田さん

リスク=ハザード×確率(頻度)だから、原発事故のリスクは交通事故より小さいのだ。

・・・中略

日常的には、人は確率を考えないで、最大の被害を最小化しているからだ。

・・・中略

東京都民の直面している最大のハザードは、首都直下地震で2万3000人が死亡することだ。これをゼロにするためには、政府がすべての東京都民に首都圏からの退避を命じる必要がある。

もちろん現実には、そんな政策はありえない。都民は地震で死ぬリスクをとって暮らしているのだ。ハザードを小さくする必要はあるので、ビルの耐震設計基準は強化され、都は防災対策に多額の予算を使っているが、その目的は死者をゼロにすることではなく、リスクに対してコストを最適化することだ。

完全なる功利主義の議論に立っていることが分かりますね。やはりかなり強力な議論だと思います。このリスク論に対して先ほどの地図を持ってきてもあまり意味がありません。この議論の本質は原発のリスクが高いか低いかはどうでもよくて、「他のことに関してはリスクを受け入れてるのになぜ原発だけがダメなんですか」ってことです。(いやホントはどうでもよくはないんですけど、あくまでも哲学的に考えるとってことですよ・・・)これに対抗するにはどんな議論が必要なのかもう一度整理してみましょう。

小林さんが仰ることはもちろん直感的には非常にうなづけますが、リスク論、功利主義と同じ土壌で戦ってしまっていると思うんです。

放送が終わった後みんなで話している時に、ジョン・スチュワート・ミルさんの「質の違いがある功利主義」なら反論できるんじゃないか?って議論になりました。ただ、これは放送でも言った通り、「人間の命を天秤にかけるべきじゃない」理論に立つことになってしまい、じゃあ首都直下型地震で人が死ぬリスクを取らずに首都圏の人は地方に疎開しろっていうんだな?って議論になってしまいます。南海トラフ地震が起こるリスクが高いからと言って高知県の海沿いの人は全員そこに住んではいけませんとはならないでしょうという議論に乗っかることになってしまうと思うんです。経済学的な反論もありましたね。人は経済でも死ぬんです。

更に環境論的批判。これもミルさん風に適用すると、原発のハザードによって例えば20km圏内が何十年も何百年も住めなくなってしまうとしましょう。しかし、全世界が脱原発して火力発電に移った時に、増えたCO2により温暖化することのリスクの方が環境に与える影響は大きいのでは?と反論されてしまうことは容易に想像できます。

事実、民主党鳩山政権下ではなんと言って原発を推進していたか。

CO2排出量を2020年までに25%削減する!そのために原発の割合を高める目標設定をしたんです。(現実的には毎年1基ペースで作っても足りないので、原発の寿命を40年から60年に伸ばさなきゃいけないとか言ってましたが、、、)

出典

出典 ・・・ですよね〜

これも持続可能社会とかっていう言葉とは離れていってしまう議論になっていき、結局原発のハザードと温暖化のリスクどちらが高いかというリスク論に乗らざるをえなくなります。原発で住めなくなるのが例え250km圏内だとしても、温暖化の影響は地球全体です。まぁこれは私が再生可能エネルギーでは無理だと思っているからですが、再エネだけでいけると考えてる方は違う結論が出るでしょう。以上のような理由から私は個人的にミルさん的な反論は無理があると思いました。

そこで、ロールズさんのリベラリズムを適用したわけですが、これも本当は限界があることを知っています。放送ではリベラリズムを紹介したかったのであえてこの論理で行きましたが、リベラリズムでも原発推進の議論ができます。説明が足りなかった点として、無知のヴェールの中の人々は自分が何者であるか「知らない」というマイナスの側面がある一方で、どんな人も全く等しく科学的な理論や社会システムや経済原理等のすべての知識を「知っている」というプラスの側面も持ち合わせているんです。そこで「平等な自由の原理」「格差原理」を選んだとしても、必ずしも反原発、脱原発の社会を選ぶとは限らないということです。簡単に言うと人間は最悪の事態は避けるように合理的に動くんだよと言いましたが、例えば池田さんのリスク論が正しいのであれば、それによって得られる便益やリスクを”正しく”理解していて、確率論も”正しく”解釈できるのであれば、必ずしも原発の隣に住むことが「最悪の事態」とは言えない可能性があるということです。現に世界中でそれを受け入れて暮らされている方がいらっしゃる。環境先進国の北欧諸国やフランスは原発の最先進国でもあります。その方々は合理的ではない方々なんでしょうか?

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出典 たまに原発のないデンマークを見習え的なことを言う人がいますが、デンマークはとにかく風が吹くんです!だから風力発電で相当いけるんですよね!羨ましい!

う〜んやはりリスク論はかなり強力に思えます。他に何かないでしょうか。

放送中だったか放送後だったか、ウジさんの仰ってた文明論的な批判を適用してみましょうか。やっぱり一人で考えるより色んな視点が入ってくるから議論は大切だと思います。

人間生きるためには生理的欲求が最低限あれば良いわけで、原発はそのために必要なのか?っていう非常に直感に訴える議論です。

これはマズローの法則ですね。

出典

出典 アブラハム・マズローさん アメリカ人

食えるようになったら、次は家を持って人が入ってこないようにして、次はちょっと偉くなりたいと思って、次は人に優しくしたくなって、最後に海賊王になりたくなるって感じです。(テキトー)

実は私は以前からマズローの法則には懐疑的なんです・・・なぜなら正にホッブス的なヒャッハーな世界を前提としているからです。そこに道徳や善や義が抜け落ちているからです。プラトンさんが言うように人たるもの真善美を追い求める欲求も生理的欲求と同じレベルで当然に持っていると思います。東日本大震災で自らの生理的欲求が脅かされているにも拘らず、略奪も起きず、皆さん規則正しく並んでいたことの説明がつかないと思います。おにぎりが一つしかなかったとして、自分が腹減って死にそうな時でも自分の子供におにぎりあげるでしょ。特攻隊で亡くなった人たちはなんで空母に突っ込んでいったんでしょうか。

ごめんなさい、話しがズレました。。ウジさんが言いたかったのはマズローの法則がどうこうというではなくて、生理的欲求があるのは事実で、原発はそれに反していないか?ってことですね。ハザードが起きてしまうと生理的欲求すら追求できなくなってしまう。そもそもそこまでして電気使う必要あるのか?これは文明論的な批判だと思います。(勝手に私がそう解釈しているだけで、ウジさんの言いたい本質とは違うかもしれません。)

ウルグアイの元大統領ムヒカさんが言っていたように別に原始時代に戻ろうとか言ってるわけじゃなくて、このままアメリカや日本のような消費社会を地球上の全ての人が行ったらこの惑星はどうなるでしょうか?呼吸するための酸素が残ると思いますか?車を買ってローンを払い続けるために働いて気がついたらおじいちゃんで子供の相手もできなかった。あなたに今必要なのは子供と向き合うこと、恋人と時間を過ごすことです。「我々はマーケットを再びコントロールしなければなりません。」という誰もがうなづける議論です。

改めてムヒカさんの動画を見ていて、正にカント的だなぁと思いました。

幸せとは物を買うことと勘違いしているからだよ。幸せは人間のように命あるものからしかもらえないんだ。物は幸せにしてくれない。幸せにしてくれるのは生き物なんだ無駄遣いしたりいろんな物を買い込むのが好きじゃないんだ。その方が時間が残ると思うから。もっと自由だからだよ。なぜ、自由か?あまり消費しないことで大量に購入した物の支払いに追われ、必死に仕事をする必要がないからさ。根本的な問題は君が何かを買うとき、お金で買っているわけではないということさ。そのお金を得るために使った『時間』で買っているんだよ。請求書やクレジットカードローンなどを支払うために働く必要があるのなら、それは自由ではないんだ。

やっぱり好きだわぁムヒカさん。カントさんとはアプローチは違いますけど自由について語っていますね。これはカントさんが指摘していた、ただ物を買いたいという欲望に従ってしまっているだけで、決してそれは自由じゃないんだっていうことと通ずるものがあると思います。つまり文明論的な論点もカント的な要素があって感情には強く訴えるんですが、これは以前から言っている通り実はかなり危険性を孕んでいます。

はい、ここから極論を展開しますw

欲望に従わずに道徳的に生きる、そのためにマーケットをコントロールする、そのために企業を国有化する。という流れになりやすくて、ベネズエラでもチャベス大統領のときはそれでも良かったけど、石油依存から抜け出せずに現在では財政破綻の危機に立っています。

文明論的批判の最たるものはカンボジアのポルポトです。金持ちが悪いんだ!こんな便利なものばっかりあるからいけないんだ!知識があるからいけないんだ!って言って、学校を全廃、あらゆる知識人をメガネをかけているってだけで虐殺して、140万人もの無辜の命を奪う結果となりました。

出典

出典 ムヒカさんが「原始時代に戻ろうと言うのではありません」って言ってたのは多分ポルポト批判です。彼は原始共産制を目指してました(怖過ぎる)

まぁそんな極端な例を出さずとも、カント的な論理だと、結果を考えないので、例えば車がなかったとして、現代よりも格段に物流が阻害されます。物流が滞れば今いる人々に資源が行き渡らなくなります。トラクターがなければ生産性は格段に落ちます。生産性が落ちれば食料も減ります。食料が減れば現在の人口は維持できないという事態に陥りかねないわけです。

現代社会では廃棄される食料がたくさんあります。悲しいことです。でもそれは生産性が高いからであって、更に生産性を高めるために物流の技術革新が進めば、アフリカの子供たちにも食料を届けられる可能性もあるんだと思うんです。

廃棄される食料があるから生産性を減らしましょうっていう議論は本末転倒なことになりかねないと思うんです。もう生産性=人の命と考えても差し支えないと思っています。

人間そんなに躍起になって働く必要はないんじゃないかという文明論的な批判に乗るのであれば、現在の地球上の人口は維持できなくても構わないという議論になってしまいかねない。持続可能な社会とは真逆に作用する可能性があります。(これはいろんな反論が予測できますが・・・)

環境論的な批判のもう一つの側面もそうです。先ほどのミルさん的な功利主義で考えるのではなく、「環境」そのものを普遍的な価値として置くということです。環境を守ろうっていうスローガンは素晴らしいんですが、一体どこまで許容して何をしたらダメなんですかっていう線引きが難しい。山を切り崩して家を建てるのがダメなら、海を埋め立てちゃいけないなら、日本で今の人口が住めるところないんですけど?ってなっちゃう。

環境論的批判の最たる例がジオン・ズム・ダイクンですね。(いきなりガンダムw)

出典

出典 シャアのお父さんです。

増えすぎた人口を宇宙に移して、コロニー生活をしてたら宇宙に適応したニュータイプに目覚めてしまって「これめっちゃええやん」ってなって、「ほらみんな宇宙きたらめっちゃええで」って言って、汚染されていく地球を守るためにも全人類を一度宇宙に上げる必要があるって提唱したんですが、地球の「重力に縛られた人々」は、んなこと言っても地球が壊れるわけじゃねーしみたいなこと言ってたもんだから地球圏との抗争をしようってなっていくと。ダイクンが生きていた頃はそんなに過激な思想じゃなかったんだけど、彼がザビ家に暗殺されてしまって、ジオン軍が乗っ取られた結果、人類には苦い薬が必要だとか言ってコロニーを地球に落とすと。そして人類は自らの行いに恐怖するわけですね。

出典

出典 シドニーに落ちたらしいです。

まぁシャアもアクシズ落とそうとしたからもともとダイクンも考えてたのかもしれないですけど。

これはあくまでも架空の話しですが、突き詰めるとダイクンが提唱した理念は正義であったと思うんです。しかし結果はどうでしょうかということです。

出典

出典 ・・・・・だいぶ前から原発関係なくなっちゃたよ!w

まぁ本当に極端過ぎて、民主主義からヒトラーが出てきたから民主主義はダメだ並みの暴論なんですが、カンボジアの悲劇は事実としてあったことだし、ガンダムの世界も全くの夢物語とも言い切れない気がするんですよね。あくまでも考えるきっかけとしてお出ししました。

つまり今回の命題はリスク論には乗らずに、別の議論で原発に反対してみようってことだったんですけど、どうでしょう?この中からアウフヘーベンは生まれそうですか?

実はすでにこの中に答えめいたものはいくつもあると私は思っています。

もちろんそのまま適用はできないんですが、文明論や環境論、功利主義もそうですけど、ウジさんが言っていたようにこれも極端な方向に行かないようにすることが大事ですよね。福沢諭吉もアリストテレスも言っていましたがやっぱり中庸が大事ってことです。ムヒカさんやダイクンの時はいいんですが、ザビ家やポルポトのような人間に政権を取らせないように我々がしっかりと考えていく必要があるんだと思うんです。でもこの中庸はどうやって決めるんですかね〜・・・

実はかなりこれが答えに近いと思っていて、ごくごく簡単に言うと

「みんなで話し合ってそうなったなら、そうすりゃいんじゃない?」

って感じですw

なんでこうなるのかまで書きたかったですけど、疲れてきたので改めて紹介したいと思います!

No.22 世界の卒業式と話が尽きない原発!とスベスベマンジュウガニ!

クロ風サムネ1 (1)

Podcast配信第22回目です!

ケイタローさんは・・・死んだかもしれません。。。

ウジさんがケイタローくんの世界シリーズを奪ってしまいますw

トモキの自論毒論糞暴論!では原発議論の本質を探っていきたいと思います。というか勝手に思ったとことをみんなでしゃべっただけですがwでもこうやって議論することが大事だと思います。放送後にもみんなで色々な議論をしましたし、まだまだ言い足りないことがたくさんあるのでブログか次回の放送で触れたいと思います。

マフィさんは次回の放送に出てきたスベスベマンジュウガニについて紹介します。

 

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哲人ウジー誕生?ジャック・デリダさん

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クロ風サムネ1 (1)

この本を改めて読み直していたら、哲学者ジャック・デリダさんがTボーン大佐ことウジさんと同じことを難しく言っていましたw

出典

出典 ジャック・デリダさん フランス人  またウジさんがフランスネタで調子に乗りそうですねw デリダさんかっこいいし。 ちなみにアルジェリア出身のユダヤ系フランス人だそうです。

他者への施しは究極の自己満足だって言ってた、恩送りコーヒーの下りですね。これです。

ウジさんの言葉を借りると、「自己満足でない他者への施しなんて存在しない。それができるのは神のみである。人間最後はいかに満足するかでしょ。」ってことですね。

そしてこれは以前のブログで紹介した通り、一見カント的な定言命法とは相容れない。つまり不正義となってしまいかねない可能性があります。イスラム教でもそうでしたよね?他者への施し、ザカート(喜捨)は「義務」なんです。キリスト教でも他者への慈悲、シャツを取られたらズボンをあげることは無条件で「行わなければならないこと」でした。それを自己満足のためと言ったら不正義になりかねないと。

しかし、デリダさんはウジさんと同じように、カント的な定言命法や正義論はそもそも「無茶だ」と言っています。哲学用語では「アポリア」と言います。

アポリアは哲学的難題または問題の中の一見解明できそうにない行き詰まりのことで、もっともらしいが実は矛盾している前提の結果として生じることが多い。さらにアポリアは、そうした難題・行き詰まりに困惑させられた、つまり途方に暮れた状態のこともいう。引用wiki

デリダさんは3つ程カントさんの矛盾点について指摘をしています。ここは読み飛ばしてもらってもいいです。

第一のアポリア(矛盾点)規則の適用

カントさんは正義が行われるには人は自由で自律していなければならないと言ってましたが、例えば裁判官を例にとってみましょう。裁判官の判決が正義であるためには、自由な決断を下す必要があることになりますが、裁判官という性質上、当然に法や規則に従う義務がある。裁判官が正義の裁きを行うためには、「規制されながらも同時に規制されない状態でなければならない」ことになるので、これは不可能だと。

第二のアポリア 決断不可能性

仮に裁判官が自由に決断を下したとしましょう。でもそれが本当に裁判官自身が外的要因、他律的要因を排除して自由に判決を下したと誰が判断できるだろうかと。例えば相手が嫌いなタイプの顔だったり、女性裁判官なら女の子の日で機嫌悪かったり、こうしなきゃ世論の反発を招きそうだなとか結果から考えてしまっていたりした場合はカントさん的には正義と言えないはずだが、デリダさんから言わせると真の意味での「決断」なんてものは無理なんですよ〜。常に人間なんらかの外的要因を受けますよねってことです。

第三のアポリア 切迫性

これは良く分かんなかったです・・・。一応書いておくと正義が遂行されるためには決断を求められたら即座に、今この瞬間に決断を下さなければならない。(ここが分かんない。なぜ即座に下さなきゃならないんだ?そりゃ早い方がいいとは思うけど、カントさんと関係なくね?)しかし、それが正義の決断であるためには、もっと時間と調査が必要であるだろうウンヌン・・・。。。。つまり、決断は求められたらすぐにしなきゃいけない、時間をかけてじっくり考える時間もないから正しい決断なんかできるわけないだろ?ってこと。

 

最後ここが重要!

贈与のアポリア

デリダさんは正義の議論には常に上記のような三重のアポリア(哲学的矛盾点)があって、それは純粋な贈与が不可能なことと同じ意味で、正義にも不可能性があると言っています。ウジさんが言ったように他者への施しや、贈与が本当の意味で、カント的な意味で贈与であるためには、何の見返りも求めてはいけないことになり、自己満足することもダメ、回り回って自分のためになることを期待してもダメ、相手が喜ぶかどうかを考えることもダメってことになってしまうと。しかし、そんなもんは現実的にできっこない「無茶」な話しですと。

ほらなんか難しいこと色々言ってるけど、結果ウジさんが言ってたことと一緒でしょ?w

もう贈与のウジリアと名付けましょう。・・・ウジのアポリアの方がいいのか?

ウジさんにこの話をしたら、「本来感覚的に分かるはずのことなんだけど、目を背けてるんじゃないか?それか別のノイズが入っているか。そこに気付けるということが他の動物と違う部分だったり、人間たる証なのかもねー」と哲学的なことをおっしゃってました!確かに!そうだと思う。

おそらくカントさんはこのウジリアに気がついていたけど、あえて見て見ぬ振りをしたんでしょう。前回ブログに書いた通り、サンデル教授はこの点でカントさんをかばっていました。カントさんは結果は関係ないから結果的に自己満しようが道徳法則に逆らったことにはならないってやつですね。

でもまさかこうやってみんなと哲学することができる日が来るなんて!単純に楽しいぜ!(自然法則に従ってしまっている?w)

あっ下北だし、恩送りに行ってみよう〜。皆さんも是非恩を送りに行ってみて下さい!

出典

出典 やなかコーヒー店 下北沢店 東京都世田谷区2−33−6

恐竜博2016行ってきた

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クロ風サムネ1 (1)

せっかくマフィさんと上野動物園行ったんだから、写真いっぱい撮ってきて、ブログに載せればよかったですね。。。と後悔しながら、上野動物園に行ったのは本来の目的ではなく、恐竜博に行ってきたのです!めちゃめちゃ楽しかったですよ!

出典

出典 スピノサウルスが日本初公開!

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これがスピノサウルスです!ティラノサウルスよりでかいんですよ!ジュラシックパーク3では陸生の大型恐竜として登場していたんですが!・・・実は水の中に進出した初めての恐竜とか言ってました!けど・・・。他に水で暮らしてる恐竜いなかったっけ?

出典

出典 そうそうこういうの!あ・・・これは恐竜じゃないのかもしれないです。。恐竜と爬虫類の違いも勉強したのでいつかマフィさんに紹介してもらいましょう!

おっちゃんが発掘してた

おっちゃんが発掘してた

はい。

写真以上ですw

やっぱり以前取り上げた羽毛恐竜は当たり前のように扱われてました!ティラノサウルスの想像図にも毛が・・・

生物の進化!恐竜の進化!鳥類の進化!と色々勉強になりました!

詳しくはいつかマフィさんが取り上げると思うのでこのくらいにしておきましょうかねw

No.21 ウジさんの防災クエスト!保育園落ちたの私だ?と毒の話し

クロ風サムネ1 (1)

Podcast配信第21回目です!

今回もケイタローさんはいません!問題なしです!w
ウジさんがまたまた新党名を考えてくれましたよw新党名にちなんでサムネも変えてやりましたw我々も地震に備えてウジさんの防災クエストにチャレンジしましょう!

トモキの自論毒論糞暴論!では社会保障、保育、教育のあり方について斬り込みます!

マフィさんはリスナーさんのリクエストにお答えして!動物の毒について掘り下げていきます!

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自由ってなんだろう

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新党名『日本ヒャッハー党』が決定したことを記念して、「ヒャッハー」とは何か、自由とは何かを改めて考えてみましょう!

ヒャッハーとは

「ヒャッハー!」 とは、無法状態となっている状況、極悪人となって暴れまわっている状態、あるいはそういう状態に自ら堕ちること

引用

だそうです。

確かに強行採決反対の時の小西議員のダイブや、ババア議員がセクハラだとか言ってたのは正にヒャッハーでしたねw

出典

出典 その後ヒゲの佐藤隊長に撃退されたことは言うまでもありません・・・

出典

出典 マジでどっちもどっち。。これで自民党だけの文句を言ってる人の神経が分からない。。

まぁでも議会制民主主義がなかったら、これで殺し合いしてたんですから、いい時代になりましたよ。SEALsの皆さん、残念ながらこれが民主主義なんですよ?嫌なら殺し合いしますか?

ラジオで維新の党代表の松野さんが良いこと言ってましたよ。民主党と維新の党が野合なら自民党と公明党だって野合だろ!?と。

本当にその通りだと思います。むしろ自民・公明の方が野合っぷりで言えばタチ悪いと思いますね。

話がどんどんズレていくので、ヒャッハー(自由)について考えましょう。

我々の番組も普通に会話の中でリベラリズムやリバタリアニズム、カントやベンサムが出てくるようになってきて現代人に近づいてる感が出てきましたねw正しく使ってないですがわざとですw

リベラリズム・リバタリアニズムはまだ放送で詳しく扱っていないので、リベラリズムのジョン・ロールズさん、リバタリアニズムのロバート・ノージックさんも近々放送で取り上げたいと思います。

やっぱりまずはカントさんを極めましょう!

今まで放送でもブログでも触れてこなかった命題。「定言的道徳観」は自分で決めたことなのに、なぜ「定言的」なのか?ということ。

カントさんの言う自由とは、自然法則に従うことではなく、道徳法則に従うことである。ここまではもういいと思うんですが、この道徳法則は「定言的」であり、「法則」と言ってる通り決まっていることなんです。だけど、カントさんはこの「道徳法則」は誰かに言われたからとか、法律で決まってるからとかではなく、自らが決めたことでなくてはならないって言っています。

自ら決めたことであれば、人それぞれ正義は違うし(ドラゲナイ的な)、「俺は国会でダイブすることは道徳的だと思う」とか、ジジイの種もみを奪って何が悪いんだよとかなりかねないでしょ。っていうのが誰もが思うカントさんへの疑問なんですね。この点からカントさんを批判する哲学者は多数います。

出典

出典 あ明日・・・明日が〜〜〜・・・

しかし、カントさんは、「まぁそんな難しく考えないで普通に考えてみ」って諭してくれますw

みんなが国会でダイブしたり、種もみを奪ったり、ヒャッハーしてたらどうする?そしてあなたがそれをやられたらどう思う?と。国会は採決どころじゃなくなるし、種もみ奪われたら奪い返してまた奪い返されてとかやってたら、それこそ明日がないわけで、ヒャッハーして殺しまくって、殺しを正当化したら、あなたも殺されるんですよ。

もったいぶった割に意外にも単純ですよねw

でもこれって、帰結主義、功利主義と同じように、結果から論じてませんか?っていう疑問が浮かんできます。カントさんは結果は関係ないんでしたよね?

これをカントさんは「普遍化」って言いました。これは一言で言うと「テスト」です。

まず簡単に説明します。

例えばあなたが国会で腕組んで寝ようとしましたが、いや待てよ、これでみんな腕組んで寝たら国会成り立たねえよなって考えることは、結果から論じるためではなくて、自分が決めた道徳法則が万人に当てはまるかどうかのテストなんですね。

そしてもう一つこの普遍化の概念を理解するために、カントさんが大事にしたことがあります。それは「人間性」です。人間性とは相手や自分も含めた人格そのもののことで、人間性を究極の「目的」としろって言います。アリストテレスさんみたいですね。

つまり、自分のやろうとしてることで、相手を利用してないか考える。相手を利用していたらそれは相手の人間性、人格を否定することになるのでアウトなんです。自分がやろうとしていることが、他のすべての人の利益や状況よりも、自分の利益や状況を優遇しようとしていないか考えてください。自分の状況を優遇しようとしていれば、それはアウトです。

それが例え殺人鬼に嘘をつくことでもです。それが自分ではなく自分の友達をかばう場合であってもです。みんなが嘘をついたらどうする?ってことと、殺人鬼とは言え人格があって、それを利用すること、無下にすることになるからです。だから何が何でも「嘘」にはならないように誤解を招くような真実で詭弁を弄するわけです。

カントさんによると

私は人類、そしてすべての理性的な存在は、その都度の意思によって恣意的に使うための単なる手段としてではなく、それ自体が究極目的として存在すると考える

と言っています。難しい言葉を色々使っていますが、現代の我々の感覚からしたら当たり前のことしか言っていません。というよりもカントさんのこの考えから基本的人権の尊重などは生まれています。

誰に縛られるでもなく、自然法則、欲望、感情、偏見、経験にも逆らい、自ら考えだした道徳法則を「普遍化」することで、真に人は自由になれるんだぜ!ってことです!

そして誰もが自分で決めて、普遍化した道徳法則!≒自由!を追い求めていくと、おのずとそれは「定言的」になるわけです。全くすごいこと考えるよね。

これ初めて聞く人はしっくりこないかも知れないですけど、意外と思考実験というか妄想してみると楽しいですよw

出典

出典 深い漫画ですね・・・。

No.20 新党名決定!どうなるシリアと大統領選!あとクラゲの話し

crohusamunesaisinn

Podcast配信第20回目です!

今回も20回という切りのいい数字にもかかわらず、ケイタローさん抜きでお届けします!

ウジさんがいい新党名を考えてくれましたよw採用されたら裏の党首ですね!

トモキの自論毒論糞暴論!ではシリア停戦と大統領選について再び取り上げて色々思考実験をしてみました。

マフィさんはクラゲについてです。

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