自由ってなんだろう


まだPodcastをお聞きでない方はこちらからcropped-crohusamunesaisinn1.jpg

 

新党名『日本ヒャッハー党』が決定したことを記念して、「ヒャッハー」とは何か、自由とは何かを改めて考えてみましょう!

ヒャッハーとは

「ヒャッハー!」 とは、無法状態となっている状況、極悪人となって暴れまわっている状態、あるいはそういう状態に自ら堕ちること

引用

だそうです。

確かに強行採決反対の時の小西議員のダイブや、ババア議員がセクハラだとか言ってたのは正にヒャッハーでしたねw

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出典 その後ヒゲの佐藤隊長に撃退されたことは言うまでもありません・・・

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出典 マジでどっちもどっち。。これで自民党だけの文句を言ってる人の神経が分からない。。

まぁでも議会制民主主義がなかったら、これで殺し合いしてたんですから、いい時代になりましたよ。SEALsの皆さん、残念ながらこれが民主主義なんですよ?嫌なら殺し合いしますか?

ラジオで維新の党代表の松野さんが良いこと言ってましたよ。民主党と維新の党が野合なら自民党と公明党だって野合だろ!?と。

本当にその通りだと思います。むしろ自民・公明の方が野合っぷりで言えばタチ悪いと思いますね。

話がどんどんズレていくので、ヒャッハー(自由)について考えましょう。

我々の番組も普通に会話の中でリベラリズムやリバタリアニズム、カントやベンサムが出てくるようになってきて現代人に近づいてる感が出てきましたねw正しく使ってないですがわざとですw

リベラリズム・リバタリアニズムはまだ放送で詳しく扱っていないので、リベラリズムのジョン・ロールズさん、リバタリアニズムのロバート・ノージックさんも近々放送で取り上げたいと思います。

やっぱりまずはカントさんを極めましょう!

今まで放送でもブログでも触れてこなかった命題。「定言的道徳観」は自分で決めたことなのに、なぜ「定言的」なのか?ということ。

カントさんの言う自由とは、自然法則に従うことではなく、道徳法則に従うことである。ここまではもういいと思うんですが、この道徳法則は「定言的」であり、「法則」と言ってる通り決まっていることなんです。だけど、カントさんはこの「道徳法則」は誰かに言われたからとか、法律で決まってるからとかではなく、自らが決めたことでなくてはならないって言っています。

自ら決めたことであれば、人それぞれ正義は違うし(ドラゲナイ的な)、「俺は国会でダイブすることは道徳的だと思う」とか、ジジイの種もみを奪って何が悪いんだよとかなりかねないでしょ。っていうのが誰もが思うカントさんへの疑問なんですね。この点からカントさんを批判する哲学者は多数います。

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出典 あ明日・・・明日が〜〜〜・・・

しかし、カントさんは、「まぁそんな難しく考えないで普通に考えてみ」って諭してくれますw

みんなが国会でダイブしたり、種もみを奪ったり、ヒャッハーしてたらどうする?そしてあなたがそれをやられたらどう思う?と。国会は採決どころじゃなくなるし、種もみ奪われたら奪い返してまた奪い返されてとかやってたら、それこそ明日がないわけで、ヒャッハーして殺しまくって、殺しを正当化したら、あなたも殺されるんですよ。

もったいぶった割に意外にも単純ですよねw

でもこれって、帰結主義、功利主義と同じように、結果から論じてませんか?っていう疑問が浮かんできます。カントさんは結果は関係ないんでしたよね?

これをカントさんは「普遍化」って言いました。これは一言で言うと「テスト」です。

まず簡単に説明します。

例えばあなたが国会で腕組んで寝ようとしましたが、いや待てよ、これでみんな腕組んで寝たら国会成り立たねえよなって考えることは、結果から論じるためではなくて、自分が決めた道徳法則が万人に当てはまるかどうかのテストなんですね。

そしてもう一つこの普遍化の概念を理解するために、カントさんが大事にしたことがあります。それは「人間性」です。人間性とは相手や自分も含めた人格そのもののことで、人間性を究極の「目的」としろって言います。アリストテレスさんみたいですね。

つまり、自分のやろうとしてることで、相手を利用してないか考える。相手を利用していたらそれは相手の人間性、人格を否定することになるのでアウトなんです。自分がやろうとしていることが、他のすべての人の利益や状況よりも、自分の利益や状況を優遇しようとしていないか考えてください。自分の状況を優遇しようとしていれば、それはアウトです。

それが例え殺人鬼に嘘をつくことでもです。それが自分ではなく自分の友達をかばう場合であってもです。みんなが嘘をついたらどうする?ってことと、殺人鬼とは言え人格があって、それを利用すること、無下にすることになるからです。だから何が何でも「嘘」にはならないように誤解を招くような真実で詭弁を弄するわけです。

カントさんによると

私は人類、そしてすべての理性的な存在は、その都度の意思によって恣意的に使うための単なる手段としてではなく、それ自体が究極目的として存在すると考える

と言っています。難しい言葉を色々使っていますが、現代の我々の感覚からしたら当たり前のことしか言っていません。というよりもカントさんのこの考えから基本的人権の尊重などは生まれています。

誰に縛られるでもなく、自然法則、欲望、感情、偏見、経験にも逆らい、自ら考えだした道徳法則を「普遍化」することで、真に人は自由になれるんだぜ!ってことです!

そして誰もが自分で決めて、普遍化した道徳法則!≒自由!を追い求めていくと、おのずとそれは「定言的」になるわけです。全くすごいこと考えるよね。

これ初めて聞く人はしっくりこないかも知れないですけど、意外と思考実験というか妄想してみると楽しいですよw

出典

出典 深い漫画ですね・・・。


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