フランスのヴィシー政権を日本人は笑えない

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クロ風サムネ1 (1)

第二次大戦や第一次大戦の全体像もいつかやらないといけないかもしれませんが、歴史番組ではないので、小出しにしていきます。。

カンボジアとベトナムの話で出てきた、害悪をばら撒きまくってるおフランス様。

第二次大戦が始まるとヒトラーの電撃戦によって速攻で占領されます。

1939年9月ナチスドイツ、ポーランド侵攻

出典

出典 こんな感じ。ドイツとソ連で東欧を分けようとしてたけど、ヒトラーが裏切る。なぜ日本はヒトラーなんかと同盟を組んでしまったんだ。。。戦争以前に外交で負けてるのだよ。。

1940年6月ナポレオン時代に栄華を誇ったおフランス様は見る影もなく、パリ無血開城となります。ギリギリチョップのところで出てきましたね。こちら

出典

出典 進駐するドイツ軍。無防備都市宣言によってパリは無血開城となりました。

そもそもフランスは軍備を完全に怠っていて、イギリスから「ドイツやべえからちゃんとしとけよ」って言われてたのに、ボンソワール?とか言って無視!

そして、首都をパリからボルドー、ボルドーからヴィシーに移してヴィシー政権の完成となります。(私はこの間までヴィシーって人の名前だと思っていました・・・)

一応ヴィシー政権のフランスも自治は認められていましたが、かつての自由!博愛!平等!のフランスは見る影もなく、ドイツ第三帝国の傀儡国家に成り下がるわけです。

ちなみに第三帝国っていうのは「いつか来る理想の国家」みたいな意味合いで使われていて、神聖ローマ帝国、ドイツ帝国に続く第三の理想国家がこのナチスドイツだぜ!ってことです。

出典

出典 こんな感じで、北はドイツが直接支配。南と植民地はヴィシーフランスが支配すると。

出典

出典 ここ

ヴィシーフランスの首相ペタンさん

出典

出典 その名の通り、ペタンと膝を折って土下座外交をしまくります。

すぐに恭順姿勢を見せて、フランスは自由、平等、博愛なんて甘っちょろいことばっかり言ってるから負けたんたんですよね〜。

これからはフランス革命以前のカトリックや「家族や労働や土地」を大切にする道徳観を取り戻しましょう!

とか言い出します。

そして、ユダヤ人がいるからフランスも負けたんですよね〜とか言って、強制収容所送りにしていきます。

 

それを良しとしないのが将軍シャルル・ド・ゴールさん!

自由フランスを結成します!

出典

出典 ド・ゴールさん

空港の名前とかにもなっていて超英雄扱いですが、連合国側からはかなり煙たがられていたようです。。ある意味自由フランスの独裁者ですからね。。

そして1944年ノルマンディ上陸作戦でフランスを取り戻すという流れになっていきますね。

当然ヴィシー政権への協力者は売国奴扱いで死刑ですね。

ペタンさんも死刑を言い渡されましたが、高齢のため執行されず流刑に減刑されます。

まぁしかし、我々日本人はペタンさんやヴィシー政権のことを笑えないと思いましたね。

たった一回アメリカに負けただけで、魂まで売り渡している連中や、まるで日本が世界一悪い国であるかのように思わされている人や、私みたいに「今は現実的にアメリカと付き合っておくのが得策だ」とか言ってるのは、まさにペタンさんと同じことを言ってるわけですからね。

実際ペタンさんはそれなりに現実的な策をとったんだと思いますよ。

軍事的に速攻で負けてしまって手も足も出なかった中で、フランス国民を生きながらえさせるにはどういう選択肢があるのかということを考えて、無血開城や恭順を示すことで、国民を守った側面もあるわけでしょ?もちろんユダヤ人の方々には気の毒だとは思いますが。

我々日本人がペタンさんを馬鹿にするような権利はないということです。

もしかしたら現代の我々も、後世の人たちから、あいつらはアメリカに魂を売った「売国奴」だ。

って呼ばれていても、全く不思議ではないと思います。

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